くそったれのジャクソン

気にするなジョニージョニージョニー、行けよジョニー。

世界も歴史も文学もゴミだと思ってたボルヘス

 

 ボルヘスって作家がいて、個人的に1番好きな作家だ。アルゼンチンの作家で、ガキの頃から本の虫で、国立図書館の館長とかにまでなったのに失明、みたいなカッコいいエピソードとか持ってて、そういうのも含めて有名な、世界中の文学青年のアイドル、みたいな作家だった。

 

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 ボルヘスにハマったのは結構明確なきっかけがあって、THE PINBALLSってバンドの曲を聴いたからだった。昔からボルヘスの本はちまちま読んでたけど、THE PINBALLSを聴いて、それですげぇイイ、1番イイってぐわっと好きになった。特に詩が。小説とかエッセイは面白いけど詩はよく分かんねぇなって思ってたけど、THE PINBALLSで分かるようになった。補助線になった。

 

 

『創造者』って詩集が1番好きだ(まぁそれ以外の詩集も大して変わり映えないけど)。シェイクスピアをネタにした「全と無」、神の存在を証明する「鳥類学的推論」、夢で神を撃ち殺す「ラグナレク」、ドン・キホーテの狂気を考察する「一つの問題」、基本どれもイイけど、中でもイイのは「陰謀」って詩だ。

 

 友人たちのいらだつ短剣に追いつめられていたカエサルは、寵臣であり、わが子とさえ思っていたマルクス・ユニウス・ブルトゥスの顔を、その身に迫る白刃や人びとの中に認めて、恐怖のどん底に突き落とされた。身を護ることすら忘れて、彼は絶叫した。「ブルトゥスよ、お前もか!」シェイクスピアとケベードがこの悲痛な叫びをその作品に借りている。

 運命というものは反復や変異や相称をよろこぶ。あれから1900年後、ブエノスアイレス州の南部で、一人のガウチョが他のガウチョらに襲われた。倒れるとき、そこに名付け子の顔を認めた彼は、ゆっくりと襲う驚愕のなかから、穏やかな非難をその声にこめて叫んだ(このことばは聞くべきであって、読むべきものではない)。「ペロ、チェ―!」(なんだ、てめえ!)彼は殺されたが、同じ一つの場面が反復されるために死ぬのだということは知らなかったはずである。

 

 要するにカエサルの死も無名のチンピラの死も同じモノでしかないと。カエサルの死もリンカーンの死もケネディの死もソクラテスの死もその他諸々のどれもこれもひとつのモノ、再演でしかないと。要はこの世界の歴史とは単に反復に過ぎないと。そしてこの世界それ自体がもう、歴史を反復させてるだけのちんけなモノ、しょぼいステージでしかないと。世界は、歴史とはその程度のモノでしかないぜ、的な。

 

「地獄篇、第一歌、三十二行」って詩も結構印象的で、詩の中で動物園のヒョウが夢を見る。夢の中で神の言葉を聞く。神は言う、要するにヒョウ、お前がここにいるのは詩のためだと。ある詩人に詩として書かれるためにお前はこの檻の中で生き、死ぬんだと。要するにそのヒョウの「意味」ってのは詩に書かれることなんだと。

 そんな感じの、「文学至上主義」的な詩や小説、エッセイをボルヘスは結構書いてる。森羅万象は詩人や芸術家のための「題材」として在る、というかそのためのモノでしかない、この世界は、この世界の歴史はその程度のものでしかないぜ、的な。ボルヘスの18番の発想、テーマで、だから多分ボルヘスは歴史小説とかみたいなもんを心底バカにしてたと思う。なんかいろいろ書いてっけど、仰々しく歴史上の場面、人物、エピソードであれこれ人形遊びやってますけど、お前らそれ全部おんなじだから、歴史とかほんとうんこだから、みたいな。ボルヘスはそうやって鼻で笑ってたと思う。

 

 そしてそれはつまり、結局は文学もまたうんこ、ゴミだってことだ。何故ならどの詩もどのアートも要はバカのひとつ覚えで反復し続けてるこの世界をネタに出来上がってるモノでしかないから。どの芸術もこのちんけな世界を描いてるだけでしかないから。芸術は、文学は要はその程度のモノでしかないから。うんこをネタにこしらえるうんこでしかない、ゴミをスケッチしてるだけでしかない、そんで世界(史)ってゴミから作られた文学ってゴミもまた結局は世界の一部、ゴミの山の一片を為すゴミでしかない、ゴミをひとつ付け足したに過ぎない、じゃあもう同じじゃねぇか、何を書いても何をやっても一緒じゃねぇか、同じ意味しかなくて、ならもう意味なんてないってことじゃねぇか、みたいな。文学至上主義、からの文学のゴミ化。世界もろとも無意味なガラクタ。すべての詩が。すべての表現が。

 

――そんで、だからこそ何を書いてもいい、みたいな。全部ゴミで全部無意味なんだから何をどう書いてもいい、神をどう描いてもいい、どんな嘘をついてもいい、引用を捏造していい、感傷を偽造していい、すべてが赦されてる、何故ならすべてがどうでもいい、誰が何をしようと何もないから、何も起きなかったのと同じだから、みたいな。ボルヘスってのはそういう作家で、そういうボルヘスに影響されて今日も明日も世界中、そこらじゅうで文学青年が生まれて、けどそんなもん、とっくに死んだボルヘスには関係なくて、そういや昔、ボルヘスは『天国・地獄百科』ってアンソロジーを出してて、けどまぁボルヘスほど死後の世界を、天国も地獄も自分の死んだあとのこの現実も信じてなかったヤツはいないよな、みたいな。